第7回 レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング 2021
どうして鉄道は人を惹きつけるのかー技術だけでは語れない鉄道の魅力を探るー2021年11月25日(木) 幕張メッセ 国際会議場 302会議室
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■ 2年ぶりのリアル開催
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■ 2年ぶりのリアル開催
2013年に千葉県の幕張メッセで開催された第3回鉄道技術展でプロローグとして幕を開け、2年後から毎年開催されてきた「レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング(RDE)」
鉄道に関わりを持ちつつ、専門分野の異なるデザイナーが一堂に会し、所属や役職を超えて交流しながら、総合的視点で鉄道デザインの大切さを思考する貴重な場が、2年ぶりにリアルで開催された。7回目となる今回は、幕張メッセで開催されていた第7回鉄道技術展に合わせ、11月25日に行われた。
驚いたのは、開催日の1ヶ月近く前の10月29日に予約で満席となったことだ。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、リアルでの議論や意見交換の場を欲していた方々が多かったことを知った。
今回の進行は、ホリプロのアナウンス室に所属し、テレビやラジオなどさまざまなメディアで活躍中の久野知美氏が務め、3部構成で進められた。
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■ 鉄道に重ね合わせるノスタルジー
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■ 鉄道に重ね合わせるノスタルジー
第1部のテーマは、「どうして鉄道は人を惹きつけるのか ―技術だけでは語れない鉄道の魅力を探る―」。キーノートスピーチを担当したのは、長年GKデザイングループで鉄道のデザインに関わり、昨年月影デザインコンサルティングを立ち上げたRDE実行委員の山田晃三氏だ。
同氏はまず産業革命が起こり、科学技術の時代が到来して鉄道が誕生した頃を振り返った。当時は夢が形になると誰もが確信していた「発明狂時代」と紹介。その後訪れた20世紀はテクノロジーの世紀で、鉄道は速達性、安全性、定時性などさまざまな性能を向上させたが、そこに夢はあったか?と問いかけた。
人類は動くものになぜか惹かれることにも言及。前足を手としたことで、靴に始まり車輪、蒸気機関、内燃機関と、足を強化する道具を次々に発明していったが、その中で鉄道に強く思い入れるのはなぜか?が今日の焦点のひとつと語った。
「レイルの上を一方向に走る不自由さ、簡単に引き返せないレイルの上を此方から彼方へ走っていくことが、人生にも似ていて、ロマンやノスタルジーを掻き立てるのではないでしょうか。鉄道は不思議な想像の乗り物ではないかと考えています。」
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■ フェティシズムの対象としての鉄道
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■ フェティシズムの対象としての鉄道
鉄道を愛する文化容態、フェティシズムというテーマにも触れた。人間と神や理想との間に置かれる代替物がフェティシズムであり、本物に対する幻想が、素材、部分、模型、写真、サイン、音、匂いなどになると解説。フェティッシュな共同幻想によって生み出された世界が、鉄道文化そのものではないかと語った。
最後に取り上げたのは技術と文化の関係。技術は科学的かつ客観的なものなのに対し、文化は空想的・主観的なものであり、夢として19世紀に育まれた文化が20世紀に科学技術に発展してきたからこそ、今は空想的かつ主観的な文化的価値に身を委ねてみてはどうかと提案した。
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■ 「国鉄」という共通言語の喪失の意味するもの
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■ 「国鉄」という共通言語の喪失の意味するもの
続いてパネルディスカッションが行われた。パネリストは機芸出版社取締役で雑誌「鉄道模型趣味」の編集長でもある名取紀之氏、元名古屋鉄道副社長で鉄道友の会副会長の柚原誠氏、前出の久野知美氏の3名。近畿車輛上席執行役員でRDE実行委員長の南井健治氏がモデレーターを務めた。
日本で最初に鉄道を趣味として楽しんだのは徳川慶喜であるという話題から入った名取氏は、鉄道趣味の微妙な立ち位置をこう語った。
「鉄道趣味の特殊性として、所有できないことがあります。鉄道はシステムだからで、車両だけでは置き物だと考えています。一方で鉄道は公共交通であり、公共と趣味は反義語のような関係でもあるので、軋轢が起こるのは宿命とも思っています。」
さらに最近目立つ点として、鉄道趣味が際限なく細分化しており、インターネットでは特定のジャンルにしか興味を示さない人が多いことを挙げ、理由のひとつとして「国鉄」という共通言語の喪失が関係しているのではないかと示唆した。
最近の話題として、蒸気機関車には欠かせない石炭燃焼にも触れた。COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも問題視された話題だが、英国ではすでに規制対象になっており、煙を吐いた蒸気機関車の写真は使わないという。そんな中で、我が国が開発した圧縮空気で動く機関車が注目されているそうだ。
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■ 機能的なスイスの車窓
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■ 機能的なスイスの車窓
1959年に鉄道友の会に入会し、8年後に名鉄に入社したという経歴を持つ柚原氏は、50年代に日本を走り始めた新性能電車に外国の技術が多く使われ、雑誌でも紹介されたことから現地の状況を見てみたくなり、1963年にスイスと西ドイツに行ったときのことを紹介した。
「いちばん感心したのは、窓やドア、テーブル、座席などが機能的で、工夫がしてあって、乗客とのインターフェイスがしっかり考えられていることでした。鉄道車両はこうでなければいけないという気持ちになりました。」
中でも好きな部分として取り上げたのは、スイスの客車の窓だった。フレームレスの一枚下降窓で、窓の上についた2つの丸い突起に指を掛けて開けるが、これが実に軽く動き、子供から高齢者まで楽に操作できることに感心したという。
さらにこの窓は、手を振るときに都合がいいし、登山電車などでは外気に触れながら景色を見ることができるという利点も挙げ、窓を開けて停車中の列車からホームを眺めると国の様子や街の様子がわかるので興味深いと語っていた。
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■ 時刻表を片手に理想の旅を妄想
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■ 時刻表を片手に理想の旅を妄想
大阪府寝屋川市で生まれ育った久野氏は、京都府宇治市の高校に通う際に京阪電気鉄道を利用したことで鉄道趣味に目覚めたとのこと。大学卒業の数年後に上京してホリプロに入ったところ、鉄道を扱うテレビ番組でおなじみの南田裕介マネージャーと出会い、以降鉄道関連の仕事が増えていったそうだ。
「京阪電車の中では旧3000系が大好きで、2階建て車両の上に乗るか下に乗るか、それともテレビカーにするかというトライアングルで迷っていました。5扉の5000系もそうですが、技術力の高い鉄道会社というイメージで、「おけいはん(京阪に乗る人)」には鉄道好きが多かったと感じています。」
出演番組としては、BS日テレ「友近礼二の妄想トレイン」を紹介。時刻表を片手に理想の旅を妄想する新感覚の紀行番組で、コロナ禍が続く昨今に合わせたような内容ということで注目されているとのこと。新しい趣味のジャンルになっていくのではないかと期待しているそうで、いろいろな個性を持つ方々が出会うことで幅が広がっていく、鉄道趣味の奥深さを感じているという。
3名のプレゼンテーションの後は、モデレーターの南井氏との間でディスカッションが展開された。
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■ 鉄道事業者と鉄道ファン
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■ 鉄道事業者と鉄道ファン
まず南井氏が取り上げたのは、鉄道事業者はファンをどう思っているのかということ。これに対して元名鉄副社長の柚原氏は、昔はおおらかだったが今はテロなどもあるので厳しくせざるを得ないと説明したうえで、乗り鉄は利用してくれるが撮り鉄は運賃収入にあまり貢献しておらず、めでたさも中ぐらいと表現していた。
昔は女の子の趣味はお人形さん、男の子は鉄道模型と分かれていたのに、最近は女性の鉄道ファンが多いという話題も取り上げ、久野氏に現状を尋ねた。同氏はお人形遊びと同様に、気がつくと鉄道に興味を持っていたと振り返るとともに、昔は自分から主張するような雰囲気ではなかったが、一億総ライトオタク時代になり言いやすくなったと述べていた。
世界の鉄道趣味は日本とどう違うか?も気になるところ。南井氏の問いかけに対して名取氏は、スポッターと呼ばれるイギリスの事例を紹介した。カメラもレコーダーも持たず、ペンとノートだけを手にし、じっと眺めるだけという人が多いとのこと。またアノラックを着ている人が多いことから、現地でアノラックと言えば鉄道ファンのことを指すそうだ。
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■ 暮らしの魅力を掘り起こす鉄道デザイナー
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■ 暮らしの魅力を掘り起こす鉄道デザイナー
第2部は日本鉄道車両工業会の鉄道車両デザイン研究会(RDA)に所属する現役デザイナー3名が、最近手掛けた仕事についてのプレゼンテーションを行った。
2021年10月に川崎重工業から分社化した川崎車両の小菅大地氏は、暮らしの魅力を掘り起こす鉄道デザイナーの仕事というテーマで、自身が手がけた六甲ライナーを走る神戸新交通3000形を取り上げた。
六甲ライナーが向かう六甲アイランドは、観光目的の施設は少ない。しかも所要時間は約15分であり、最初は何をデザインすればいいか悩んだという。沿線調査を行い、それをもとにして100枚近くのアイデアスケッチを描いたが、どれも決め手に欠けるものだった。
「そこで初心に立ち返り、100人以上の利用者の実態調査をしました。その中から4名にお声掛けし、デザインや設計の人たちと共創会議を開き、六甲アイランドの未来の暮らしなどを聞いていきました」おかげでアイデアの質に変化が生まれ、具体性が増していったという。沿線の環境も描いてスケッチを進め、「六甲ライナーのある1日」というストーリーで紹介した。
外観は先頭上部にLEDライトを並べて配置することで、光がやってくるイメージを演出し、家族の帰りを伝えるメッセージ性を込めた。車内はフローリング風の床と落ち着いた色調で、家にいるような雰囲気を表現。最前席にはテーブルを設け、連結部の段差は荷物置きにするなど、随所に工夫を込めたことにも触れた。
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■ 鉄道はいつも生活の中に
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■ 鉄道はいつも生活の中に
人が暮らしているから鉄道があるわけで、暮らしを色濃く反映することが魅力ある鉄道デザインであるという言葉には説得力があった。続いて登壇した近畿車輛の杉本信広氏は、SNSにアップされる車内の写真で気づいたことがあるという話題から入った。
「私たちは写真を見ただけで、どこを走っている車種かわかります。一種の職業病と言えますが、一般の人々も、旅行から帰って地元の車両に乗ったときにホッとするのではないでしょうか。自動車は世界共通の車種が多いのに対し、鉄道は地元の車両と旅行先の車両が違うからです。」
鉄道車両には社風や地域性があり、それが日々の生活の中で心地よく使える理由になっているのではないかと杉本氏は説明。現在はコンピュータに頼ることが多いが、ディスプレイだけではイメージできないので、実際の素材を車両に置いて検証したりしているという。
具体例としては、石畳風の床を採用した北大阪急行電鉄9000形、茶系を継承しつつ従来とは違うテイストとした南海電気鉄道8300系、重ね模様を脇仕切りに取り入れた東京メトロ日比谷線用13000系などを紹介。中東カタールのドーハメトロでは、地域文化モチーフにしたファブリックのコーディネートに挑戦したという。
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■ 鉄道車両のデザインは誰のもの
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■ 鉄道車両のデザインは誰のもの
鉄道はいつも生活の中にあることが魅力であり、これからも利用者にとって魅力的な車両を提供していきたいと結んだ。「鉄道車両のデザインは誰のものか」というテーマで、台湾鉄路管理局の都市間特急車両EMU3000について解説したのは、日立製作所の野末壮氏だ。
鉄道車両は工業製品と建築物の中間的存在であり、市民の生活を支えるとともに都市の風景を作る存在と語った同氏。台湾はデザイナーと行政と市民が密接に関わっていることが知られており、オープンな開発とすることで現地の人たちに私たちの車両と思ってもらえることを目標にしたそうだ。
「鉄道車両のデザインはこれまでクローズドで進めることが一般的でしたが、今後は人々とのつながりや共感が大事になると思っていました。そこで現地の事業者やデザイン関係者と議論を繰り返したうえで、開発中の車両を市民向けに見せる場を設けました。」
イベントでは模型やスケッチを展示し、トークセッションやインタビューも行った。子供から高齢者まで幅広い層が集まったうえに、多くの人がSNSで発信してくれたおかげで、反響を可視化できたという収穫もあった。
現地の関係者や市民とのつながりや共感が自信になり、デザイン開発の推進力になったことは価値があったと語る野末氏。その成果が2021年度のグッドデザイン賞でベスト100を受賞するという評価につながったのだろう。
このあと第3部として、久野氏の総合司会による情報交流会が行われた。感染対策として飲食はなかったが、各所で情報交換が行われていた。リアルで人々が集う場は何物にも代えがたく、RDEが鉄道業界に欠かせない場であることを再認識した。
(記事:森口将之/モビリシティ、写真:一ノ谷信行、一般社団法人日本鉄道車輌工業会)